からだの師への敬意と感謝(ひとり雑談)

  13, 2017 11:29

身体に摂り入れるもの、吸収するもの、身に着けるものに意識する。種まで遡る。なるべく合成繊維を肌に付けない。味噌、醤油、塩、水を厳選、調味料は極力自宅調合、砂糖や牛乳等の是非を考える。化学物質、電磁波、デトックスへの意識、不買の選択…など。
ねこさんの御飯や健康を探るうちに自ずと視点が動いていき&自身の体調を大幅に崩したことから取り組み始め。
低血糖だと思い込んでいた手の震えに悩まされる事も無くなり。
食後暫く後必ずトイレに駆け込み吐き気と共に出てくることも^^殆どなくなり…。
最初は何の変化も分からずとも、暫くすると身体の反応が変わり、中毒性が抜けて行ったように思います。(身体の変化は実践していただいた方が実感いただけるんでないかと思います。)

わたしはなんとなく味覚と嗅覚はダイレクトに中(どこ?)と直結しているように思うこともあって。視覚と聴覚は(視覚が、かな?) 経験則や既存の概念、外部の介入を受けやすいような印象があって。
(どれも影響のあるものだけど嗅覚と味覚はコントロールが難しいというか、其のようなことに左右されにくいのではないかという偏見です)
味覚と嗅覚が正常?に働ける環境を整えることは、各自に備わっているセンサーを整えることにも繋がったりするかも知れないと思ったり。
本来の動きを取り戻している状態というのは、自分にとってもとっても心地の良い状態なんだと思う。(いや当たり前といえば当たり前の話だけど) ただどんなに良かれと思っている選択でも今にとっての無理だったりしがらみになってしまったら、それもそれで作用してしまうんだろうなぁとも思う。(その辺り人間は目を逸らしたり抗ったり、動物たちは素直だなぁと感じたり)


現在の諸々の選択は、わたしが還元させたいと思う矛先に近い(場所に意識を向けられてる)方からエネルギーを貰ったり渡したりしたいので、極力その選択をするようにしてます。
(何故すすめないといわれているのかすすめられているのか、背景がどうであるのか、目指しているところがどこなのか、どんな意味付けを自分でするのか、等が大切と思っている部分もあり。おさえるところは押さえてという感じでもあり。)
単純に好きだったり心地よかったり格段に美味しいとかもあるけど(笑)
(あ…味覚が働いている状態からもう「本来からかけ離れた味覚や嗅覚」に戻りたくないんだ。と、気づいた今の感情は、からだの師の姿への敬意と感謝だ、、)

いのちを繋いでいく行為に対して意識を向けて選択することが、自身の為にも一緒にいる動物達の為にも、どう生きて、どう死にたいのかに繋がっているのかもしれない。
選択してきた生を食べ、選択してきた空間にいるということ
(教わっていた時に「ものの背景をみる、感じる、思いを馳せる」という話があって。(その他でも個体の目視からどんどん細部に深めていく話も) 例えば目の前に紙があって、紙は木から生まれてて、木を育むには太陽や雨や月や微生物達の働きがあって、、っていうのが今この気持ちに繋がるんじゃ、て爪の先コンマミリでも理会できたのかもって思ったのに、でも全然説明できない(苦笑))

わたしにとっての大切にするという感覚は、自然のサイクルを理会していくことで得られるのかもしれないな。。
細胞や、臓器や、血液や、が、それぞれも個々で、一緒にここにいる共同体みたいな…三次元の体験ってみんなでしてる。にくたいを通して味わう体験させてくれてる、、今ほんのり感じつつあるこの感覚の実感を強めていく=繋がりを深めていく(のが大切と感じる感覚を未来で見てもわかるように残したいのだけどわかるかな未来の自分;)


からだの聲をきくのもコンタクトも違いはそうないのだろうと思う



って。書いてて。実は現在、上記とかけ離れた食生活をあの仔が離れてからずっと続けてます。(暴露)
この話は何処かでするかもわかりませんが。

あの仔に言われていたことこがあって、そこを探るために14/11/15 の記事を掘り返してみてまして。
理会できてない部分を知りたくて(知るには自分の気持ちに正直になることも必要で)元あった記事に対して今感じてることを出してみたのが上記と言うような感じです。
思いと行動が一致はしてない、チグハグの状態である現在、確かにそれ自体負荷がかかっている体感もある。負荷がきつすぎても受容してるからいいとかは無い。それは嘘になる。いかんと思ったら早急の軌道修正は必要、というか、正直であれば自ずと勝手に動くね體というのは…と、思いました。(アクションが一番早いのは體単体かもしれん。心の機微への反応は己の正直さ素直さがものをいう氣がするけど。正直さ素直さ、これってこれだけで技術ですよね…

で、たぶん、全然わからないと思いますけど、わたしにとって結構大事な整理記事であると感じてます。あの仔の行動、あの仔の思い、あの仔が伝えてきたことへ繋がる、片鱗であるように思います。(かなしいやら感謝やら後悔やら愛が増すやら…ですが)